A Shower When The Sun Is Shining.

 

 夏休みのある日。  

眩い陽が照りつける学校の前で、祐一は一人、校門に寄り掛かって立っていた。

待ち合わせをしているのだ。

「お待たせしました、相沢さん。」

「よぉ、天野。」

不意に後ろから声を掛けられて振り返った。

そこには私服の美汐が立っていた。

「今日は私服なんだな。」

「はい。可笑しいですか?」

微笑う祐一の視線を受け、自分の姿を見下ろしながら不安げに聞いてきた。

蒼いジーパンに白いシャツ、それに美汐には不似合いな、

中身不明のシルバーのスポーツバッグ。

祐一は美汐のズボン姿を余り見たことがない。

確かに今日はハイキングに行くのだから当然の服装なのかも知れないが、

少し珍しいものを見た気がした。

取敢えず、似合わないバッグは見ない事にし、

その上で素直に答える事にした。

「いや。いいんじゃないか。」

「そうですか。」

その言葉にふっと表情を緩ませて微笑む美汐。

「それじゃ、いくか。」

「はい。」

眩い太陽が照りつける下、祐一たちは街外れへ続く小径を歩き出した。

目的地は妖弧の故郷、ものみの丘。

祐一にとって、美汐にとって決して忘れられない場所。

「なあ、なんでそんなバッグ持ってきたんだ?」

足場の悪い山道を歩きながら、祐一は疑問に思っていた事を口にした。  

大きなメーカーロゴが入ったシルバーのスポーツバッグ。

確かに今日の服装には違和感無いのだが、美汐の持ち物としては

少し?違和感があった。

「相沢さんがお弁当を欲しいと言ったからですよ。」  

少しずれた美汐の回答に、祐一は頭を捻る。

「は?・・・ああ、そう言われれば・・・」  

確かに、半ば忘れていたが言った覚えがあった。

「けど、何でそのバッグなんだ?」  

それよりも祐一が聞きたかったのは、不似合いなバッグ自体だった。

そのバッグに視線をやると、金具が木漏れ日に反射して鈍く光っていた。

「これですか?」

「ああ。」

「手頃なバッグが無かったからです。

ちなみにこれは私の物ではないですよ。」  

そしてポンッとバッグを軽く叩いた。

どうやら美汐自身、違和感か何かあるらしい。

「だよな。天野にしては派手なバッグだもんな。」  

少し酷い事を口にして納得する祐一。

「なんか引っかかる言い方ですが、否定できないですね。」  

不満顔だが頷く美汐。実際、そんなに派手なものは持っていなかった。

「それより、そろそろ着く頃だと思うのですが・・・」

「ん?そだな。」  

美汐の言うとおり、もうすぐ丘に出る。

正確には数メートル坂を登ると丘に出るのだが、

木々に阻まれて目的地が見えないだけだった。  

そんな話をして進むうちにパッと視線が開けた。  

そこは祐一の記憶とは違い、一面青い草原だった。

「・・・久しぶりです。」  

感慨深げに呟く美汐。  

彼女は昔、一匹の妖弧と別れてから一度も来た事が無いらしかった。

「・・・・」  

祐一は声にこそ出さなかったが、それでも目頭が熱くなるのを感じていた。

二人は何言うでもなく、街の見える所まで歩を進める。

「あんまり変わらないですね、この街は。」  

美汐にしてみれば昔と然して変わらない、住み慣れてきた街。

だけど冬の景色しか知らない祐一にしてみれば、見慣れない景色だった。

「相沢さん、どうかしましたか?」

「なんで?」  

不意に掛けられた問に、祐一は淡々と聞き返した。

「いえ。先程から何も話さないから、少し気になったんです。」

「そっか。」  

美汐は理由を知っていた。

祐一もその事を知っており、だけど敢えて口にはしなかった。

「それより飯にしようぜ。折角お弁当用意してきたんだろ、な?」  

笑って誤魔化す祐一に美汐は微笑んで頷いた。

そしてその場に腰を下ろし、

バッグから小さなお弁当箱を取り出して祐一に差し出した。  

祐一はお弁当箱を受け取り、早速ふたを開ける。中には玉子焼き、

ウィンナー、唐揚げ、芋の煮物などが所狭しと詰め込まれていた。

「これって天野の手作りか?」  

一緒に渡された割り箸を割り、玉子焼きに手を出しながら聞く祐一。

何と無くだが、美汐が作った物だという確信はあった。

「冷凍物も有りますが、大体、私が作ったものですよ。」

「んぐんぐ・・・そっか。」  

答えを返す美汐はさらに水筒、それに中華まんが入った紙袋を取り出し、

中から肉まんを取り出して紙皿に乗せていた。  

祐一は思わずそれを凝視してしまった。

「・・・・やっぱ、持って来てたんだな。」

「はい。あの子の好物ですから。」

「・・・」  

それには返事をせず、

お弁当をつつきながら紙皿に盛られた肉まんを見詰める。  

何の変哲のない、季節外れの肉まん。

もう一昔前に感じられる、あの寒い季節の様々な想い出と、

いつも一緒にあった物。

「あいつは何て言うかな。俺たちが付き合ってるって言ったら・・・・」

「さぁ、怒ると思いますよ。」  

淡々とした口調の祐一に対し、冗談交じりに答える美汐。

でもその口調は寂しさを滲ませていた。

「それもよく分からん理由でか。」

「あの子らしいですよ。」  

祐一は美汐の言い分に思わず苦笑いを浮かべてしまった。

美汐はそんな彼にそっと体を預け、

「ですが、こうしてお供え物を持って来たんですから・・・・

きっと許してくれますよ。」

と、微笑った。  

何時から美汐と付き合い始めたのかは定かではなかった。

あの冬以来、祐一と美汐は週に何度か会うようになった。

そして段々とその回数が増え、いつの間にか今の状態になっていたのだった。

「もっとも、告白もしてないのに付き合ってると言うのでしょうか?」  

冗談ともマジとも判断できない美汐の言葉。  

二人とも『好き』とか『愛している』とは口にしていなかった。

それでも今の状態は周りから見れば付き合っている様にしか見えない。

「二人がその気なら、いいんじゃないか?」

「私は、言って欲しいです。」  

そう呟きながら、美汐は祐一から離れて立ち上がった。

「ハッキリさせない方が、あの子に悪いと思います。」

「ハハッ・・・・」  

祐一も渋面を浮かべてスッと立ち上がり、美汐に向き合った。

「俺は・・・」  

そして祐一が口を開いた瞬間、 ポツポツ

「な?さっきまで晴れてたのに?」  

睨むように空を見上げると、すっきりと晴れていた。

でも雨粒は落ちてくる。

「お天気雨ですね。」  

暫く二人揃って茫然と空を眺めていたが、

「天野。とにかく雨宿りするぞ!」

「あ、はい。」

と、ハッと我に返った祐一が天野の手を取って木陰に走った。  

木の根元まで行く頃には、雨音はさらに強くなっていた。

「いい天気ですね。」

「雨降ってるぞ。」  

どう解釈して良いのか分からない美汐の言葉に、

祐一はうっとうしそうに呟いた。  

実際、雨がうっとうしかったからだ。  

見上げる空は、相変わらず青い空。

そして青空から落ちてくる雫が、まるで銀糸のように輝いて見えた。

その不思議な景色を眺めていると不意に、

「・・・でも・・・。私はきっと、相沢さんの中のあの子には勝てないでしょうね。」

と、その言葉とは裏腹に明るい口調で美汐が呟いた。  

祐一は数瞬俯き、そして笑った。

「俺もあいつに勝てないよ。」  

それを聞いた美汐もクスッと笑い、そして空を見上げた。

「お互い、あの子が一番なんですから仕方ないですよ。」

「・・・そうだな。」  

祐一も雨模様の青空を見上げる。  

相変わらず、泣き続ける青空。

「そう言えば相沢さん。こんな天気の事を何て言うのかご存知ですか?」

「?いや。」  

突然の問い掛けに祐一は首を傾げ、答えを促した。  

天野は空を見上げたまま、

「きつねの嫁入りと言うんですよ。」

と、楽しそうに答えた。

「変な呼び名だな。」

「そうですか?私は気に入っていますが・・・」  

きつねの嫁入り。

その言葉を聞いた祐一は、

ひょっとしたらこの不思議な天気はあいつの冷やかしかもしれないと、

そんな妙な考えが頭に浮かんだ。  

美汐が何を思ってこんな事を言ったのか分からないが、

祐一にはそう思えて仕方なかった。  

それから祐一たちは、雨が止むまでこの不思議な雨模様を、

二人寄り添って眺めていた。  

あの冬に居なくなってしまった、最愛の人を想いながら・・・・