祐一さん、お年玉ですよ〜  

 

朝。  

俺がこの街に戻ってきてから、初めての元旦。その日の朝。  

俺はぐっすりと寝ていた。

「祐一〜、もうお昼だよ〜。早く起きようよ〜。」  

いや、もうお昼らしい。  

昨日は結構遅くまで起きてたから、その所為かな。だけど、一緒に起きていた(?)

名雪がもう昼とはいえ、俺より先に起きているなんて・・・・・夢か?

「祐一さん。そろそろ初詣に行きませんか?」  

秋子さんの声も聞こえる。いい加減起きないとまずいか。

「そうですよ、祐一さん。外はいいお天気ですよ。」  

佐祐理さんの声が耳元で聞こえる。  

え?

「佐祐理さん!?」

「ふぇ?」  

突然聞こえてきた佐祐理さんの声に俺は目が覚め、

ガバッと行きよい良く跳ね起きて声のする方を見た。

「?どうかしたんですか、祐一さん。」  

そこには着物姿の佐祐理さんが、ちょこんと正座をして俺を見ていた。

いつもの柔らかな笑顔を浮かべ、だけど急に起き上がった俺に驚いたのか、

不思議そうに首を傾げていた。  

俺が佐祐理さんの顔を見やって数秒経ってから、佐祐理さんはスッと首を戻して、

「明けましておめでとうごさいます。」

と、両手を前にそろえて出して深々と丁寧に頭を下げてきた。

「あ、ああ。おめでとう・・・」  

夢か現か分からないが、取敢えず挨拶は返しておいた。  

何で佐祐理さんがここに居るのか分からない。

ただ、それ以上に気になることが一つ。

「佐祐理さん・・」

「はい。」

「その・・・胸のお札は何ですか?」  

佐祐理さんは何故か知らないが、体を隠すほどの大きさの、

『お年玉』と書かれた札を胸に付けていた。  

お年玉=新年のお祝いの贈り物。

子供にとっては、いや、俺にとってもか、年に一度の大収入と同意義。  

そんな事はどうでも良いが兎も角、その札の『お年玉』の意味がよく分からない・・・

まさか『私をもらってください』という意味なわけないし・・・・・何なんだ?

「フダ?」  

一瞬疑問符を浮かべた佐祐理さんだったけど、すぐに拍手を打って胸の札を見遣った。

「あはは〜。これはお札ではなくて熨斗ですよ。」  

熨斗=贈り物に添える色、のしあわび(アワビの肉を薄くむいて伸ばし、干したもの)を

包んだ形に色紙を折ったもの。

って、もっとどうでもいいか、そんな事。何考えてんだか、俺は。

「って、何でそんなものを付けてるんですか?」

「あはは〜。ですから、これは佐祐理からのお年玉ですよ。」  

これが指す物は『お年玉』と書かれた熨斗、じゃなくて張らているもの、とすると佐祐理さん?

「はい?」  

よく漫画とかで女の子が体にリボンを付けられ、

顔を赤らめて恥ずかしそうに『私を貰って下さい』とか言ってるのがあるけど、

普通、こういうのって自分ではやらないよなぁ。

大抵は男の空しい妄想だし。  

だけど目の前の佐祐理さんは・・・・恥ずかしくないらしいし、何より楽しそうだ。

「ドッキリですか?」  

だから、まずそう思う。やらせと言うよりは、俺をからかって楽しんでる気がする。

「はぇ〜。疑われてますね。」  

そんな俺の顔を見て佐祐理さんはシュンとうなだれて顔を背けた。

「ベ、別にそういう訳では・・・」  

もちろん佐祐理さんが嫌いな分けじゃないから、俺は慌てて慰めていた。

例えそれが罠だと分かっていても・・・・そう、分かりきっていた。

「本当、ですか?」

「当然ですよ。」

「よかった〜。」  

再び満面の笑顔を浮かべた。

それを見てやっぱり等と思っていると、佐祐理さんはゆっくりと立ち上が・・らず、

中腰になったところで俺に向かって倒れてきた。

「ふぇ〜〜!」

「わ〜!。」  

倒れきる前に抱きかかえ、俺は間近に来た佐祐理さんの顔を見遣った。

「あはは、ごめんなさいね。ずっと正座をしていたから、足が痺れてしまって・・・」  

失敗しました、と苦笑いを浮かべる佐祐理さんだけど、起き上がろうとはしなかった。

「それは仕方ないけど・・・」  

それどころか、何を考えてるのか、いつの間にか俺に抱き付いていた。  

確かに今のはワザとではないと思う。

だからって、抱き付いてこなくてもとは思うのだが、離れてくれと言う事も、

突き飛ばす事も出来なかった。  

何時しか俺は今の状況に気恥ずかしくなり、

「すいません。」

とだけ断り、佐祐理さんの両肩に手を掛けて少し力ずくで体を離して

視線を真下に落とすと・・・・・『お年玉』の熨斗が取れていて・・・・

佐祐理さんの胸が丸見えになっている事に気付いてしまった。

「い゛!?」  

俺の視線はそこに釘付けになってしまった。

「ふぇ?」  

佐祐理さんは俺が何に驚いているのか気付いていないのか、

不思議そうに声を上げた。

「佐祐理さん・・・・胸・・・」  

対する俺は突然の事に気が動転してそれだけ言うのが精一杯だった。  

兎に角、胸を意識しすぎて視線が動かせないならと、慌ててギュット目を瞑った。  

そんな俺を見て、やっと佐祐理さんは事態に気付いてくれたらしく、

「あはは〜。もう、祐一さんったら・・・」

と口にした。

そして見ちゃ駄目ですよ、と続くと思った。  

これが舞だったら、『バシッ』か『グサッ』という音が聞こえてくるだろうとか、

頭の片隅で思ったりもした。

いや違うか。舞じゃあ、気づいた時には俺の意識がなくなってるかもしれんな。  

どちらにせよ怒られるだろうと思っていたのだが、

「恥ずかしがり屋さんなんですね。」

と、理解不能な事を言われてしまった。

「はい?」  

今の言葉でやっと胸の呪縛が解けた俺は、

佐祐理さんのにこやかな笑顔を凝視してしまった。

その視界の隅に写った佐祐理さんの体は、胸どころか下の方まで着物を肌蹴ていた。  

最近では違うそうだが、本来着物は下着を付けないらしい。

だからだろうか、佐祐理さんは今、下着を着けていない。

だから・・・・・佐祐理さんの・・・裸身の・・・前面が丸見えだった。  

俺はそれを意識しないように、気恥ずかしくても佐祐理さんの顔を見詰め続けた。

「実はですね。最初からちゃんと着物を着ていなかったのです。」  

目の前で楽しそうに説明する佐祐理さんを見ていると、途方もなく嫌な予感がする。

「まさかあの熨斗は、前を隠すため?」

「あはは〜、そうですよ。」  

こくん、と頷いた。  

そしてその指す意味は・・・・一つしかない。

「でも、最初に見た時はちゃんと着ている様に見えたけど・・・・」  

言葉にしても可笑しいと思うのだが、そう口にしていた。  

だけど何処にも、ちゃんと着ていたのなら落ちている筈の帯は落ちていなかった。

ついでに佐祐理さんも身に付けていない。

「ですから、着物の裾を押さえるように正座をしていたのです。」  

もうすでに、思い浮かんだ理由を否定する材料がなくなってしまった。  

もしアレを口にしたら俺はハメられる。

「佐祐理の体、そんなに魅力無いですか?」

「そんな事ないです!」  

寂しげに呟く佐祐理さんに、俺は咄嗟にアレを叫んでいた。

どうやら、いや、やっぱりもう手遅れらしい。

違うか、最初から俺に逃げ場は無かったな。  

ま、まあ、佐祐理さんは可愛いし料理も上手いし気立ても良いし性格も良いし

嫌いじゃないむしろ好きだけど・・・・いくら考えても言い訳にしか出てこねえ。

しかも色仕掛けで落とされるって、余りにもかっこ悪いよなぁ。  

そんな事を考えていたら、不意に温かくて柔らかなものがむにゅっと

胸に押し付けられた。気付いたら目の前、十cmも無い距離に佐祐理さんの顔があった。

「さ、佐祐・・・」  

チュッ  

俺の言葉を佐祐理さんは唇で遮った。  

こんな時、普通は目を瞑るのだろうが、俺も佐祐理さんも目を開け、そして見詰め合っていた。

「ぷふぁ〜。」

「ふぇ〜。」  

数十秒後、或いは一分くらいか、兎に角やたら長いキスの後、

佐祐理さんは俺を見詰め、

「こんな佐祐理ですけど、貰ってくれますか?」

と、微笑んできた。  

俺はキスの余韻も覚めやらぬなか、条件反射でカクッと頷いていた。

「よかった!」  

パフ、とかムニュ、とかの効果音付きで佐祐理さんが俺に抱き付いてきた。  

俺はやれやれと、だけど満更でもなく、佐祐理さんの腰に手を回して軽く抱き締めた。

ガチャ  そしてお約束どおりドアが開き、名雪と秋子さんに見られた。  

二人ともこれから初詣に行くのか、着物姿だった。

「あらあら。」  

普段と変わらない、穏やかに微笑む秋子さん。

「佐祐理さん、やるね〜。」  

面白いものを見る目で俺達を見る名雪。

「はい?」  

一瞬、名雪が何を言っているのか分からなかった。

そして次の瞬間、名雪達も佐祐理さんとグルなんだと思い至った。  

そして俺の目の前の主犯者は、嬉しそうに笑っていた。

「佐祐理さん。ここに袴を置いていきますから、後お願いしますね。」

「はい。」  

何故か俺ではなく佐祐理さんに言う秋子さん。

「祐一。初詣、先に行ってるね。そこの神社だよ。」  

そう言ってそそくさと部屋から出て行く名雪。秋子さんもそれに続いて出て行ってしまった。  

そして袴だけが残されていた。

だけど俺は着た事が無い。

勿論着れるはずもない。  

いやな予感が増した。

「祐一さん。袴着れますか?」

「いえ。なん・・・」  

ぶんぶんと首を振り、何でですか、と言おうと思った瞬間、佐祐理さんの目が光った・・・気がした。

「そうですか。それでしたら仕方ありませんね。」  

残念です、と言って、だけどもの凄く嬉しそうな、楽しそうな笑顔を浮かべ、

「着せてあげますね。」

と、言いい・・・

「い、い・・・うわー!」  

逆らう事も逃げる事も出来ないまま、俺は見事に、

それもものの数秒でひん剥かれてしまった。

そしてすぐさま着せ替え人形よろしく、俺に袴を着せていった。  

その間本当に楽しそうに笑っていたのだが、俺には小悪魔の微笑にしか見えなかった。  

そして気づいた時には俺は袴を着ていた。

いつの間にか佐祐理さんも帯を締めてピシッと着物を着ていた。

ちょっと、本当にちょっとだけど残念な気もしたけど、邪念は頭を振って振り払った。

「さ、祐一さん。行きましょうか。」

「そうですね。」

俺がそう言うと、佐祐理さんはスッと腕を組んでいた。  

思わず苦笑いを浮かべてしまったけど、悪い気はしない。

それに押し付けられる佐祐理さんの体は暖かく、心地よかった。

「貰ってくれて、嬉しいです。」

「佐祐理さん?」  

良く聞こえなかったから聞き返したけど、

佐祐理さんは何でもないですと首を振るだけだった。

「しっかし・・・」

「ふぇ?」  

二人揃って玄関から出て、改めて思う。

「俺が佐祐理さんを貰ったと言うより、俺が貰われた気がするんだけど・・・・」  

今日起きてから、ずっと佐祐理さんのペースだった。

「そうですか?」  

一年の計は元旦にあり。

ふとそんな言葉が頭を過ぎった。

それってつまり一年間、いやこれからずっと?こんな調子なのだろうか。  

思わず佐祐理さんの顔を見詰める。  

どうしたんですか、と首を傾げる佐祐理さん。

その何気ない仕草が可愛かった。

「何でもない。それより名雪たちを待たせてるんだし、行こうか。」

「はい。」  

ふわっと笑う佐祐理さんを見ていると、貰う貰われるなんてどうでもよくなってきた。  

この笑顔があるなら、どちらでもいいのかもしれない。  

けど・・・

「さ、佐祐理さん・・・少し、離れてくれませんか・・・」

「佐祐理の事、もうお嫌になってしまったんですか?」  

ここは神社の境内。その一角にあるお御籤売り場。  

隣には合流した名雪と秋子さんもいる。勿論、周りには沢山の参拝者がいる。  

俺達はこんな場所で抱き合っていた。

「そ、そんなことないですけど・・・・」

「よかった。」  

ただ二人揃って大吉が出たことが嬉しくて抱きついてくる佐祐理さん。

そして只々ギュット抱き締められる俺。  

もの凄く、それこそ死にたいぐらいに恥ずかしかった。  

もう少し暴走を抑えてくれ、せめて時と場所を考えてくれるようにしてくれ・・・・

俺は心から神様、仏様にそう祈ったのに・・・・

一万もはたいたのに・・・・後ろの人に怒られながらも長い長い時間祈ったのに・・・・・  

神様は俺の願いを叶えてくれそうに無かった。  

そして今日という非日常が日常と化してしまうのに、たいした時間はかからなかった。

 

END